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世界の旅ルクソール
   
翌日はルクソールに行きました。朝バスに乗っても一向にバスが出る気配がありません。確認をしたところ、これより先はテロリストに会う危険性があるため軍隊が前後を警備するため、全車両がそろうまで出発出来ないという事でした。大げさにと思いつつ3時間ほど待ちました。
これは移動中車窓から見た農地です。一見広く見えますが、エジプトの農地はこのナイル川に沿って、両岸200mほどが唯一の農地でした。雨が降らないためおそらく毎日のように、河から水をくみ上げて、植物にかけていました。ほとんどが家畜か人力で水をくみ上げていました。
これも車窓から見た現地の集落です。雨が降らないため、屋根のない家がほとんどで、構造的には日干し煉瓦といって土を天日で乾かしてレンガのようにして、それを積み上げただけのものでした。民家にも足を入れさせていただきましたが、人と家畜が共同生活されておりました。
これは『王家の谷』へ行く途中にありました。
ルクソールの町は遺跡の宝庫でした。そこら狭しと、巨大遺跡が立ち並んでいました。どのようにしてこれだけの石を運んできたのか。どのようにして組み立てていったのか。考えれば考えるほどなぞは深まっていきました。
それぞれの遺跡には必ずといって良いほど、絵文字が描かれていました。ガイドさんに説明を受けましたが、紀元前4000年の時代に、何と手術の道具がそこに描かれていました。そしてミイラには頭蓋骨に手術を受けたあとが残っていました。信じられない話です。
このように壁面いっぱいに全ての建築物に描かれていました。気の遠くなる話です。ルクソールから車で一時間ほど行くと『王家の墓』と呼ばれる谷がありました。すでに60,70個の地下の墓が発掘されていました。かの有名なツタンカーメンのお墓もそこにありました。地下に降りると階段に沿って壁面にはブルーで着色したエジプト文字が見事なまでに描かれていました。盗掘にかかわった人たちも、このあまりの美しさに度肝を抜かれたのではないかと思います。
今は観光化されて土産店もありました。しかしここを訪れた2日後ここでテロリストによる乱射事件がありました。多くの日本人観光客が犠牲になりました。ルクソールを後に再びカイロ市内に帰ってまいりました。
これはカイロ市内に在る教会です。広々とした室内はステンドグラスや天井画に見入りました。
外には、市民の皆さんが賑やかに楽しそうに騒いでいました。太陽の国らしくおおらかで明るい人ばかりでした。
市内観光の目玉は博物館です。無数の遺産が展示されていました。上の写真は入り口にあるパピルスの植物です。これは紙の材料になります。パピルスは水分の管理さえ行えば何百年も持つそうです。


 
   
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