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世界の旅モスクワ
   
■1991年、70年以上続いたロシア共産主義がついに崩壊を致しました。ゴルバチョフのペレストロイカすなわち改革は、ついに崩壊に至りました。ロシアは統制経済から自由経済に移行しました。私たちは旅行がままならなかった、ロシアが自由に行き来出きるようになったのをうけて、モスクワとサンクトペテルブルクに行くことに致しました。

新生ロシアは大変なインフレで、物不足に陥り、スーパーには買い物客が列を成しているという、TV放映を見て空港でインスタントラーメンをたくさん買い込んで行きました。しかし現地についてスーパーに行ってみると、物はふんだんにあり列などどこにもないという有様でした。当時のモスクワの町の様子です。しかし裏路地に入ると物乞いをする老人の姿が頻繁にありました。
□モスクワの街は70年前首都サンクトペテルブルクから遷都された街で、ロシア共産主義になってつくられた街であります。ですから街には建築物には何の飾り気もなく機能性だけを追及するという殺風景なものでした。帝政ロシア時代のサンクトペテルブルクと比較するとお粗末なものでした。モスクワの町で目を引くとすれば、『赤の広場』ただひとつということになります。ここは飛行機が飛び降りたただけあって、広く威厳に満ちていました。レーニンもここに眠っていました。
これがロシアの政治の中心『赤の広場』です。右の建物の中にレーニンは眠るように永眠いたしておりました。建物が余りにも大きくてカメラに収まりきらないので、下に部分的な拡大写真を載せました。共産党時代はここで軍事パレードが行われていました。中国の天安門広場を思い起こしました。
スーパーマーケットにはこんなにたくさんの食料が並んでいました。列を作って待つ光景も全くありませんでした。
裏路地も当たり前の光景でした。ただ一つ感じたことはアジアの国々で感じるような熱気、活気はこの国には感じ取ることが出来ませんでした。
ロシアの地下鉄は大変深いところにありました。訳ありなのですが訳は忘れました。そんな地下鉄で見た光景です。
郊外にあるモスクワ大学にいってきました。どこの国もそうですが国家を代表する大学は建物にも威厳がありました。
モスクワ大学です。風格がありました。


 
   

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