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世界の旅サンフランシスコ
   
ロサンゼルスを後にしてサンフランシスコに行きました。
これはおなじみのゴールデンブリッジ(金門橋)です。色こそ違いますが明石海峡大橋とよく似ています。今でこそ日本も橋は珍しくありませんが、当時はびっくりしました。サンフランシスコにはこのほかに、UCLA(カリフォルニア大学)につながるベイブリッジ(確か延長22km)があります。
下がベイブリッジです。
サンフランシスコ湾を船に乗って「アルカポネ」が留置された島を見学することにしました。この海は海水温度が低くさめが多いため、絶対に泳いで島から帰えることは出来ないそうです。
これが確か刑務所だったと思います。この日は天候がよくて(考えてみればカルフォルニアの青い空と言われるように、ここは降水量が少なく旅行中は毎日晴天でした。
サンフランシスコは映画「ブリッド」でお馴染みのように坂の多いことでも有名です。この坂を利用してつるべ式の電車もあります。
★ここが電車の回転場です。人が方向転換をしていました。
この様にほとんどが坂道になっていました。
足を伸ばしてベイブリッジを渡って映画「いちご白書をもう一度」で有名になりましたUCLA大学の時計台を見に行くことにしました。
大学の構内には世界中の学生が集まっていました。特に中国人が多いのに驚きました。
(後で分かったことですが、ここには世界で一番大きなチャイナタウンがありました。)
当然ながら構内は国際色豊かで、どこの国の大学なのか間違いそうでした。生協の食堂でカレイを食べて帰りました。
世界には華僑と呼ばれる中国人が、いたるところに町を作っています。(最近はリトル東京もあちこちありますが、チャイナタウンほどではありません。)そのなかでもここが一番大きいと言うことでした。当時推定で約70万人の中国人が居ると言われていました。
郊外には、「フイシャーマンズワーフ」と言う海の上にかけだしたレストランがありました。ショッピングをしたりレストランでシーフードを食べると言う、いわば水上レストランでした。


 
   
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