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 今教育のあり方が問われています。

 文部科学省の方針にも一貫した自信がなく、右往左往しているように見受けられます。教育の何かが確かにおかしいと誰もが感じています。しかし原因が何なのか、確固たる理由も見当たりません。あれる教育の現場に、何が起こっているのか。不安とあせりと苛立ちが社会全体に感じ取れます。今の社会がおかしくなったのは、教育のせいだ。今の社会が閉塞感に陥ったのは教育が間違っていたから、このような惨めな社会になったのだと、悪者探しの犯人は、結局教育に矛先が向きました。果たしてそうなのか。

 話は変わって、戦後日本の農村が急激に衰退した原因の一つに、教育の問題があると思っています。高度経済成長の仲間入りをして、少しでも豊かな暮らしをするためには、高度な学力を身につけて都会に出るしか方法はない。その為には何が何でも勉強をして、いい大学に入ることが絶対の条件になってきました。かくして受験戦争は始まりました。親は我が子の為であればで、何をしてでも学校に行かすためのお金を確保する。その為には農林漁業をやっていたのでは追いつかない。現金収入の道を日本中の農村が模索し始めました。

 時を同じくして、全国では所得倍増論を掲げ、公共投資を拡大して、地方に一大「公共事業産業」社会を形成しました。その結果、本来公共事業に従事することは農閑期の作業であった人が、いつしか本業となってしまいました。気がつけばいつの間にか農林漁業は縮小され、農村には人も産業もなくなっていました。原因は教育費を稼がんがために、生活のリズムが狂ってしまった、といっても過言ではないと思います。そして時代は移り、過剰な公共投資は国家財政を逼迫させ、今再び社会はもとの社会に戻ろうとしています。

 このような現状を踏まえ、教育に対して以下のようなことを考えています。かっての受験戦争、詰め込み教育、偏差値教育が間違っていたから、今ゆとり教育が必要なのだという考えが正しいかどうは、正直私には分かりません。しかし一つ言えることは、今の教育は、完全に「目標」を提示できていないのではないかと思います。以前は、いい悪いは別に議論するとして、単純明快な目標が目の前にあったと思います。それは勉強をしていい大学に進学することで、ある程度将来が保障された。そのための勉強であるから、勉強にも耐えることが出来た。

 しかし今はどうでしょう。これらの保障が全くといって良いほどなくなりました。「勉強をして何になるの」と聞かれたら返す言葉もありません。人生が失敗に終わるか成功に終わるかは、どれだけ単純で具体的な目標がもてたかどうかで決まるといわれています。勉強も然りで、より具体的な目標がない限り、勉強の意義を見出すことが出来ませんし、目標に到達することは出来ません。そのためには勉強をすることに対して、明確な目標を立てる必要があります。私が好きな目標の一つに、明治の時代、北海道に赴任してきたアメリカのクラーク博士は、(そこで何を教えられたかは分かりませんが)アメリカに帰る別れの時、学生に向かって「少年よ大志を抱け」という有名な言葉を残されました。その後ここを卒業した学生の中に、優秀な人材が数多くおられることは周知の通りです。

 とにもかくにも今の教育には、しっかりとした目標が必要だと思います。その目標が『受身の教育から自立の教育』を目指せであると思います。日本の学生は、優秀な学生から官僚を志望するといわれます。しかしアメリカでは優秀な学生ほど企業家を目指すといわれます。リスクのとり方が180度違います。これからの学生はたとえ小さくてもいい、『卒業したらいい会社に就職する』という人に使われることを最大の目標とせず、卒業したら、たとえ一人でも人を雇用出きる人間になろう、という意欲を持たなければならないと思います。教育は自立できる子供をどこまで教育できるかチャレンジして欲しいと思います。


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